東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)77号 判決 1970年1月27日
原告 佐野直次郎
被告 特許庁長官
主文
特許庁が、昭和四十一年四月六日、同庁昭和四〇年抗告審判第七五号事件についてした審決は、取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求めた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三十四年六月十九日、「ゴルフクラブヘツド」につき実用新案登録出願をしたところ、昭和三十五年十二月十五日出願公告がされたが、美津濃株式会社より登録異議の申立があり、昭和四十年四月三日拒絶査定を受けたので、同年五月二十四日抗告審判の請求をし、同年抗告審判第七五号事件として審理されたが、昭和四十一年四月六日、「本件抗告審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年四月十八日原告に送達された。
二 本願実用新案の要旨
別紙図面第一に示すように、ヘツド主体Aの底面にコ状部分1を残して弧状凹部2を形成するとともに、その前方及び後方の部分にも弧状凹部3、4をそれぞれ形成してなるゴルフクラブヘツドの構造。
三 本件審決理由の要点
本願実用新案(以下「本願考案」という)は、その出願前から公然販売されていた英国製ロバートホーガンのゴルフクラブ(以下「引用例」という)のアイアンクラブから当業者が必要に応じて容易に実施できるものである。しかして、引用例は、証人水野武の尋問調書及び添付の同証人の手記した概略図(別紙図面第二)によれば、ウツドクラブにおいては(図は正確でないが)、ソール側にU字状の突条を有するプレートを取りつけてあり、突条の前側、すなわち、ストツク側及びその反対側はU字状の二本の突条部分の間と同様に低くなつている構造を直し、また、アイアンクラブにおいては、底面が二本の突条を残して全体として表面から裏面に向つて削り取られたように傾斜した構造となつており、使用に際して、本願考案の作用効果と同じく、摩擦抵抗が減じて正確に打てること、打球方向のガイドに役立つという作用効果があることが認められ、また、同証人が昭和二十九年初頃、勤務会社の修理工場で、目方の調節という意味で、ヒール及びトツプを削つたり、フエイス面が変るように削つたりしたことがあるという事実等より、本願考案のような弧状凹部3、4を形成することは、当業者の必要に応じて容易に実施できる程度のものであると認められるから、本願考案は、旧実用新案法(大正十年法律第九十七号)第一条の登録要件を具備するものとすることはできない。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、次の点において判断を誤つた違法があり、取り消されるべきものである。
(一) 引用例のウツド及びアイアンのクラブには、本願考案における弧状凹部に相当する構造を欠き、したがつて、作用効果において差異があるにかかわらず、本件審決は、これを看過誤認した。
すなわち、
(イ) 引用例のアイアンは、本件審決も認定するとおり、「その表側のものをみれば、表面(打球面)と底面の接触する稜線がほぼ直線状をなし、他の斜視図からみれば、二本の突条は、裏面から表面に向つてその高さが漸減されており、これらのことから、二本の突条は表面側において突条と同じ高さで連結されている」ものであるが、本願考案におけるコ字状部分は存在しない。本願考案のコ字状部分は、積極的には、前掲図面の1′の部分が打球を正確にするための基準になるとともに、1″、1″の部分が方向性へのガイドとなり、消極的には、該コ字状部分を形成する弧状凹部2、3、4により摩擦抵抗を減少させるとともに、とくに弧状凹部4により、背の低い者にあつても、正しいフオームで連続打球できることの二点を包含し、この技術内容を端的に表現した言葉がすなわち「コ状部分」なのであり、引用例は、前記積極的意義のコ字状部分を具備してはいるが、消極的意義を含めたコ字状部分を有しない、単なる二本の突条である。本件審決が、これを指して、「本願の実用新案のコ字状に相当する部分は図示のアイアンにも存在するものと認めることができる」としたのは、誤りである。
(ロ) 引用例のウツドは、ソール側にU字状の突条を有するプレートを取りつけたもので、突条の前側、すなわちストツク側及びその反対側はU字状の二本の突状部分の間と同様に低くなつている構造を有しているけれども、これは摩擦抵抗を減じ、正確に打てること及び打球方向のガイドに役立てるためのものであり、それ以上に、背の低い者でも正しいフオームで打てるようにするには、さらにソール部に凹部を形成する必要があるが、引用例は、このような点を示唆する構造を全く有していない。
(二) 本件審決は、前掲のとおり、「本願の実用新案において、コ字状部分の1の前方及び後方の部分の弧状凹部3、4が裏面より表面(第一図に示されている)にまでおよんでいる(これは使用の際の地面に対する摩擦抵抗を減ずるのが目的である)のに対して、引用例のアイアンにおいてはそれが表面にまでおよんでいない点で相違することが認められる。しかしながら、本願の実用新案におけるこのような構造上の差異は、その作用効果よりみて、使用の際の地面に対する摩擦抵抗をより減ずるためのものである」と述べ、さらに、「引用例のウツドの図面には二本の突条の打球面側にこれらの突条を結ぶ線が記入されており、不正確ではあるがコ字状(U字状)の突部を有することが認められ、また、本願の第一図のように両端に深い刳り部はないが、底面の両端部は打球の際の地面に対する摩擦抵抗を減ずるという本願の実用新案の目的と同様の目的を達するように突条より低くなつており、本願の実用新案も刳りの状態を構成要件としたものではなく、これらの差は程度の差にすぎない」としているが、これは本願実用新案の技術内容を正確に把握していないものであり、判断に重大な誤りがあるものである。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
原告が本訴請求の原因として主張する事実のうち、本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決の認定は正当であり、原告主張のような判断の誤りはない。本願考案と引用例のウツド及びアイアンとは各別に比較すれば、構造上に差異はあるが、このウツドには本願考案が意図しているような底面のコ字状部分の前方及び後方に凹部を設けて背の低い人の使用にも適するようにした点が存し、また、アイアンには底面の二本の突条が表面側において同じ高さで連結されていて、背の低い人の場合でも、必要とされる地面に対しての摩擦抵抗の減少及び打球方向のガイドに役立つものであるから、本願考案は、引用例のアイアンにおいて、二本の突条の前方及び後方の低い部分を、同じくウツドにおけるコ字状のヒール及びその反対側の低い部分と同様に、裏面より表面に及ぶように形成することにより当業者の容易に実施をすることができる程度のものである。
第四証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 当事者間に争いのない本願考案の要旨及び成立に争いのない甲第一号証(本願実用新案公報)によれば、本願考案は、本件審決認定のとおりのクラブヘツドの構造にかかり、(1)このように、ヘツド主体Aの底辺にコ状部分1を残して弧状凹部2、3、4を形成したことにより、ヘツドが地面に接触する際、この弧状凹部2、3、4により形成される空間により摩擦抵抗を減じ、十分かつ完全なインパクト(打球をしようとするスウイングの途中でクラブヘツドがボールに当たる瞬間の作用)を行なうことができ、(2)この場合、底面のコ状部分1は、1′の部分が打球を正確にするための基準となり、(3)1″、1″の部分は、方向性へのガイドとなり、打球方向を安定にすることができる、という作用効果を挙げうるものであること、したがつて、本願考案においては、とくに背の低い者にあつても、ヘツドヒールが打球時に地面に接触しないから、無理な姿勢で打つことなく、正しいフオームで連続打球ができ、疲労も少なく、背の低い者は勿論、標準あるいは長身の者でも、この摩擦抵抗の減殺により軽快に打球することができるものと期待しうるものであることを認定しうるところ、他方、成立に争いのない甲第七号証(異議手続における証人水野武の尋問調書及び添付図面)によれば、引用例のウツド及びアイアンの各クラブヘツドの構造及び作用効果が本件審決認定のとおりであることが明らかである。しかして、叙上の認定事実に徴すれば、本願考案においてはコ状部分1の前方及び後方の弧状凹部3、4が裏面より表面にまで及んでいるに対し、引用例のアイアンクラブヘツドにおいては、それが表面にまで及んでいない点において、両者は構造上の差異があり、また、引用例のアイアン又はウツドのクラブが本願考案のもたらす前掲(3)の効果を期待しえないものである点(この点に関する被告の主張は根拠を欠き採用に値しない)において作用効果上の差異があることを認めうべく、他にこれを左右するに足る証拠はない。もつとも、前掲甲第七号証の図面によれば、引用例のウツドのクラブヘツドにおいてはU字状の突条を有するスキー型プレートを取りつけた底面の突条のストツク側及びその反対側は裏面より表面に及んで低くなつていることが認められるが、本願考案においては、ヒール部分を弧状に削りとることにより、その削りとつた深さに相当する長さだけシヤフトの長さにプラスすることとなるに対し、引用例のウツドのクラブにおいては、スキーソールの突出部分の高さに相当する長さだけシヤフトの長さをマイナスしなければ、同一背丈の人が使用できないという関係にあることは、両者の構造に照らし明らかであるところ、証人佐藤功の証言によれば、ゴルフクラブにおけるこのような差は、その使用に当たりスウイングによる衝撃力等に微妙な相違をもたらすものであること、具体的にいえば、プレーヤーがその身長に最適のものとしてウツドの一番のクラブ(シヤフトの長さ四二・五インチ)を使用する場合、引用例のものにおいては本願考案のものよりシヤフト全体の長さにおいて、二ミリメートルか三ミリメートル長いこととなるので、その分だけ余分に芝生又は土に喰い込むことになり、使いにくく、打球のとぶ距離、方向性に大きい影響をもたらすものであることを認めうべく、この認定を左右するに足る証拠資料は全く存しない。すなわち、両者のもたらすこの程度の差異は、ゴルフクラブという特殊の用途と目的をもつた器具においては、無視することのできない重大な差異というべく、したがつて、前記両者の構造上の差異は、この種物品においては、重大な効果上の差異をもたらすものといわざるをえないから、このような構造のウツドクラブが本願考案の出願当時、すでに存在していた事実があつたとしても、このことから、本願考案と引用例の各クラブとの構造上の差異を抹殺し去ることはできない。本願考案と引用例のウツド及びアイアンの各クラブとの間に叙上のような構造上及び作用効果上の差異がある本件においては、たまたま、前掲水野武が重さ調節のためヒール又はトツプを削つてフエイスを変えた事実があつたとしても、本願考案をもつて、引用例、とくにそのうちのアイアンのクラブから当業者の必要に応じて容易に実施できるものとすることは妥当ではない。
(むすび)
三 以上のとおり、その主張の点に違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるものということができるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅正雄 石沢健 滝川叡一)
別紙図面第一
第1図
第2図
第3図
第4図
別紙図面第二